どうして僕は旅をしているのだろう
1ヶ月以上移動しながら滞在したメキシコを発ち、L.Aに帰った来た。 とはいえカリフォルニアは5年ぶりなのだが、「帰った来た」と言うのはやはり一番来ている海外の場所だし 初めて一人で海外で生活した場所でもあり 自分のひとつのルーツとの街だからだ。 メキシコでは無事、全ての目標を達成した。 ここから先は実はあまりプランが無い。 正直、とりあえずL.Aに来たというのが本心。 メキシコでは、 サーフィンのメッカ、プエルト・エスコンディドという明確な目的地があった。 テキーラ原産地を巡るという目標があった。 カリブでSlightly Stoopidはじめサーフロックとレゲエに埋もれるという目的があった。 サーフィンという大義名分の下ではあるが 今は具体的な目的地や目標を持たずカリフォルニアで旅を続けている。 予定が可変な以上、ハブ空港がある都市=L.Aを仮の拠点として柔軟なプランに備えた。 またL.Aは自身の心のルーツでもあり 人生の節目となる旅で、昔の旅路を辿りたかった。 そしてサーフポイントも多く土地勘もある。 と、合理的な判断の下ではあったが、 懐かしくはあるものの その為だけにL.Aに来たわけではないし 正直ここにはもう見たい場所も欲しいものも無い。 やはり好きな土地だし落ち着くが、発見は無い。 心の故郷とやらに帰ってきたのか? じゃあこれはもう旅では無いのか? 余った時間をノスタルジーに思い出に浸りながら過ごしているだけ? 行く場所が無くなったなら帰国すればよいのでは? なぜ旅しているのかよく分からなくなった。 軽い気持ちで考えていた「再訪」に、自らの老いを気付かされた気がした。 もちろん新しい土地に行くことだけが旅では無い。 広く言えば、複数の拠点を移動しながら生きて行くことも旅だ。 それに慣れ親しんだ土地であっても小さな発見は常にあり、 ある意味自分の行動によって経験は得られる。 だがやはり常に感動するような発見を、 知らない土地での緊張感、期待を織り交ぜて進んでいく旅こそが、 より価値ある旅だと思った。 半ば強迫観念に近いが、何か新しい起爆剤のような目的地が欲しい…。 ...